前編  ひと言
高校3年間のブランク


―――ここからは土屋選手の少年時代からうかがっていきます。小さい頃はどんな子供でしたか?

「サッカー少年だね。幼稚園くらいからサッカーボールを蹴ってた」

―――小さい頃のポジションはどこでしたか?

「センターフォワード!俊足フォワードですよ。すげぇ足速かったんだから。まぁ、中3でサッカー辞めたんだけど」

―――それは何か理由があったんですか?

「最初、三菱養和という巣鴨にあるサッカークラブでやっていたんだけど、文京区から武蔵野市に引っ越したら、すごく遠くなってしまって・・・それにこの年頃って思春期でしょ?思春期だから、いろいろあるじゃん(笑)」

―――まぁ、いろいろありますよね(苦笑)。そして高校時代はなぜか書道部へ。これもすごい経歴ですよね。

「あぁ、これね。高校でもサッカー部に一週間だけいたんだけど、弱いくせに上下関係が厳しくて・・・仲のいい友達みんなで辞めたんですよ。それから『じゃあ、何するんだ?』って相談していたら、どうも書道部は一年に一回しか活動がなくて、それも文化祭の前の日に一枚書けばオーケーらしいぞ、と。それで入部しただけなんだよね。よく聞かれるんだけど」

―――じゃあ高校時代は、ほとんどサッカーボールに触らず過ごしたんですか?

「そう。3年半くらいまったくサッカーしなかった。体育の授業くらいだよね。だから、優蔵(船越選手)によく言われるもん。『僕は国見(高校)で毎日苦しい練習していたのに、カラオケして遊んで3年過ごしていた人がJリーガーになれるなんておかしい!僕の青春時代を返してくれ!」って(笑)」

―――あははは。でも船越選手の訴えもごもっともですよね。

「そう。高校でサッカーしてないのにJリーガーやってるんだからね。実はすごいんだよ、俺(笑)」

―――ちなみに、Jリーグブームって土屋選手が高校生の頃ですか?

「いや、高校卒業してブラジルに留学に行ったときだね。おれ、Jリーグブームなんて知らないで、ブラジルに行ったからね。日本人が多くてビックリした」

 

ブラジルでの生活


―――ブラジル留学はどういういきさつで?

「親が『いろいろな経験をして成長するために2年くらい行って来なさい』と言ってくれたんだよね。一応サッカー留学なんだけど、もちろんプロになるなんて思って行ってないよ」

―――ひさびさにサッカーボールを蹴った感触は?

「もう最初は怪我ばっかり。半月ぐらいずっと靴ズレだけだもん。もちろん体もついていかなくて、腰が痛くて動けなくなって・・・もう帰るって言ったんだけど、親から『2年は行くって約束したんだからダメ。帰ってくるな』って電話で厳しく言われて・・・そこで初めて、残り1年は真剣にやろうって思った。それでダメだったら、仕方ないなと。そこからは、もうひたすら練習していたね」

―――ブラジルで印象的な出来事って覚えてますか?

「やはり試合だよね。ブラジルではA1、A2、A3・・・ってリーグのカテゴリーが続いていて、自分はA3のリーグのクラブでプレーしていたんだけど、日本人なんて自分だけだから、相手チームのサポーターも全員俺を見てるんだよ。超ブーイングなんだけど、逆に、もしここでいいプレーしたら、すげぇ注目浴びるなって思ったら、最高に気持ちよかったね」

―――かっこいいですねぇ。言葉の面での苦労ってありましたか?

「やっぱり監督とコミュニケーションを取れなければダメだなって思ったね。だから、仲のいいブラジル人選手とずっと話すようにしていたら、2年目の途中くらいからかな・・・だいぶわかるようになったね。わかんないときは、『オッケー、オッケー』って言っておけばなんとかなるもんだよ。まぁ、たまにディエゴから『お前、本当はわかってないだろ?』って言われたりするけど(笑)」



―――あはははは。その後、日本に戻ってきた流れというのは?

「(ブラジルに行って)3年目ぐらいでサッカーは辞めようかなと思っていたんだけど、『大学行ったと思って4年続けてみなさい』と親に言われたので4年はやってみた。そして4年が経って日本に戻るときに、ヴェルディがテストしてくれるって聞いて。それで受からなかったらサッカーは辞めようと思ってた」
 

日本に戻ってきて

 

―――それで合格してヴェルディへ。このときにマグロン選手が「バウル」というあだ名をつけたんですね。

「そう。外国人は『ツチヤ』って呼びにくいみたい。特に『チ』が言いにくいらしいね」

―――ここまであだ名『バウル』が定着するとは思ってなかったのでは?

「うん。佐藤とか鈴木だったら、他の人と名字がかぶるけど、土屋なんて一人しかいないじゃない?だから、一度加藤久さんが、『別に土屋でいいんじゃないか?』って言い出して(笑)。結局、みんなバウルって呼んでるから、そのまま続行したんですけどね」

八王子でサッカーを盛り上げよう

 

―――土屋選手は八王子に来たことはありますか?

「昔は仲のいい知り合いがいたので、よく行ってたよ。駅前でよくメシ食べたりしてました。ただ最近は、あんまり・・・(苦笑)、あ、でも駅前が立派になったんだよね!」

―――わかりました(苦笑)。これは八王子に住んでいる方にヴェルディを盛り上げてもらおうというサイトなんですけど、街とサッカークラブの結びつきについて土屋選手なりのアドバイスはありますか?

「やはりサッカーに興味を持ってもらうのが大事だよね。自分はヴィッセル神戸にいたときに、カズさんと 小学校や施設に行って子供たちと触れ合っていたんですよ。今の『夢先生』じゃないですけど、子供に夢についていろいろ書いて発表してもらったりして」

―――はい。

「関西だと、『漫才師なりたい』って子もいるわけ。そこでじゃあ、前に出てきてやってみてよって言うと、本当に漫才をし出すわけよ。小学生だけど、『なんでやねん!』とか言ったりして、もうクラス中が盛り上がるわけ。あれはすごく覚えているね。だから、どういう形でもいいから、サッカーやサッカー選手との関わりを持ってもらうのが大事なんじゃないかな?」

―――バウルシートもそういう願いから?

「そう。神戸のときには、”バウル・シジクレイシート”ってやっていたんだけど、これは家族向けだったのかな。
きっかけなんてなんだっていいと思う。タダだから応募してみよう。それで応援に行ってみたら楽しかったので、次はお母さんもいっしょに。そしてその次はお父さんもって、どんどん輪が広がっていって欲しいよね」




―――子供の頃の体験って大事ですからね。

「本当にそう。だって俺、子供の頃にもらった奥寺さんのサイン、いまでにずっと持ってるもん。ヴェルディも選手が外に出て行って、子供たちと触れ合う機会がもっと増えるといいよね。それに選手って、みんなから応援されると違うパワーが出るから、ぜひ八王子からも試合を見に来て欲しいです」

<了>

土屋選手とのインタビューを振り返って

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