顔人が喜んだ領分だけが、本当の利益だと思う

お互い心根を感じあうビジネス

本当の接客はマニュアル化できない

――バーカウンターもあってとても落ち着いた雰囲気の店内ですね。

カウンター席ではバーテンダーがお相手させていただきます。私は、バーでは酔っ払う水を売ってるんじゃないよ、とよく言っているんです。酔わせる水をどんどん出して売り上げを増やすんじゃなくて、アルコールの持つさまざまな味を楽しんでいただく。そして気持ちよくお話をしていただきたい。私の究極の理想は、非常に偉そうな言い方ですが、バーテンダーは牧師さんであって欲しい、ということです。何でも受け入れる存在ですね。飲みに来るっていうのは絶対何か理由があるんですよ。何も無ければ家で飲めば良いわけで、わざわざバーに来る必要はありません。

バーテンは単にお酒を作るのではなくて、お客様の好みや気持ちにちょうど良いものを出すことで、いい雰囲気を作る人でもあるんです。そうやっておもてなしをさせていただければ、お客様に喜んでいただけて、仕事の話、家庭の話、いいこと辛いこと、何かあったら、ああ、またあそこに飲みに行こうか、と思っていただけるんじゃないか。レストランの方でも、ただ料理を出して有難うございました、では何か足りないような気がします。やっぱりうちを選んで来てくださる理由があるわけですよね。その理由をお客様とのコミュニケーションの中で感じとりながら、より楽しんでいただけるようにしたい、と思っているんです。


――それはとても難しいことですね。

ええ、マニュアルには出来ないですよね。人それぞれ、生まれ育ちも今まで食べてきたものも違うし、もちろん考え方も違う。各自がお客さんにとってどうかな、ということを考えていくしかありません。仮にマニュアルを作ってその通りに出来たとしても、それではロボットになってしまいます。血の通った人間として思ったことを自信と勇気を持ってやるなら、少々失敗してもいいじゃないか。失敗を振り返って、ああ、あの時はこういうふうだから駄目だったんだな、という経験として次につなげていけばいい。

サービス業の中で私たちコックやウェイターは、一番下のレベルに分けられてしまうかもしれない。でも、そうじゃないんだ、オレたちは生身の人間として、お客様に気持ちと気持ちで対応して、雰囲気を作るアーティストなんだ、と思ってやりたいですね。まだまだそこまでにはなっていないけれど、それがお客様を相手にやっていく仕事なんじゃないか、という話はスタッフとよくしていて、それによってもしかすると、これは偉そうに聴こえるかもしれませんが、「八王子の食文化」に少しでも貢献出来るかな、みたいなことを考えているんです。


仕事を通じてお互いが「勝つ」関係を

――名刺の肩書きに「Boss」と書いていらっしゃいますね?

これは開店のとき、スタッフが付けてくれたんです。キャプテンとかいろいろ出たんですが、誰かが「サル山のボスみたいだから」と小声で言ったのが聴こえて、それに決まってしまって(笑)。今では気持ちよく、そう呼ばれています。スタッフはみんな私の子供ぐらいの年令で、私自身、彼らからすごくエネルギーをもらっています。社長と社員、シェフと中洗いの関係ではなくて、思いっきり怒れるし、お互いのことで泣くこともできる間柄です。このあいだスタッフの一人に「お前将来どうなりたいの?」って聞いたら、「ちゃんとしたお父さんになりたい」って言うんですよ。私が父親として娘にあることをしたのを見ていて、「僕も父親になったらああいうふうにしたいです」って言ってくれた。とても嬉しかったですね。ビジネスを超えたそういうつながりを大事にしたい、というか、自分がそれに飢えているんでしょうね。

――「飢えている」とおっしゃる意味は?

実は私は三歳で養子縁組で貰われているんです。高校進学のときに戸籍謄本を取りに行ったら、1週間前に入籍したところだった。思春期でしたからもうひっくり返りました。親のことを裏切り者だ、嘘つきだと言って、信頼されていない、あげくの果てに愛されていない、という否定形でずっと来てしまった。でも27の時にそれがもう一度ひっくり返るような経験があったんです。ああ、本当に愛されていたんだなあ、と感じて、その辺から人生が変わって自然と、温もりとか優しさ、人間の繋がりが大事だなと感じるようになったんです。

相手の痛みや嬉しさは、絶対同じようには感じられないでしょうけれど、人間としての心根というか相手に対しての思いやりがあれば、そこに電流が走ってポッとハート型が出来たりする。それが信用とか信頼に繋がれば、一番嬉しいですよね。それでは今はビジネスにはならないところがあるけれど、それはどうかと思うし、そういうものは絶対あると思うんですよ。物とお金が行ったり来たりする中で、やっぱり人が喜んだ領分だけが利益だと思うんですね。そういう繋がりでビジネスが成り立っていって飯が食えれば、やっぱり幸せだと思うんですよね。

これからの時代で一番大事なのは、お互いが良い意味でのライバルになって、良いことには拍手したり握手できるような、相手に勝たせてこちらも勝つみたいな関係を作ることなんじゃないでしょうか。食べ物を出す仕事は、お客様に喜んでいただけなければ成り立たないですから、お客様が本当に美味しかった、本当にここに来て良かった、いいひと時を過ごせて有難う、と感じられるものが出来るかどうかが勝負で、そういう意味では私は「勝ち‐勝ちゲーム」の非常にいい仕事をさせていただいていると思います。

――どうも有難うございました。

(了)