顔八王子伝統工芸の高い技術と正直な「ものづくり」を次の世代へ


第3話

際限の無い絹糸の魅力にとりつかれて

―― 澤井さんが織物工場を継ぐことになった経緯をうかがえますか?

撮影:柳本史歩
澤井榮一郎 さん

私は織染学校に通っている頃は化学が好きで、そっちへ進もうかと思ったこともあるんです。当時、米沢と桐生に繊維の高校があって、織染学校で桐生に推薦するからお前行け、って言われたんです。ところがうちは男の子が5人いましたが、私は長男なもんですから、親父がどうしても跡を取れ、と言うわけです。まあ親父自身も同じ目に遭っているんですよ。父は3人兄弟で、上の2人は日露戦争に行って、父だけが残ったんです。本人は絵が好きで上野の美術学校に行きたかったけれど、おじいさんがどうしても跡を取らなきゃ駄目だって聞いてくれなかった。そのおかげで織物が家業として続いたと思うんですがね。

で、父は織物を継いだけれど絵も好きで続けていて、ある時、その絵を下絵にして織ってみたら売れに売れて、他の八王子織物の10倍くらいになったそうです。いくら織っても足らなくて、機屋も捨てたもんじゃないな、と思ったそうです(笑)。そんなわけで私が跡を取ったんですが、やってみればまた面白いんですよね。

表面の艶が美しい絹糸

工場の中

―― 面白いというのはどういう点なんでしょうか?

絹糸は作れば作るほどいろんな風合いのものが出来ますから。お蚕っていうのは機械より精密でしてね。太さの単位をデニールと言いますが、絹糸は3デニール、これはちょっと目に見えないような太さです。これを千5、6百メートルずーっと同じ太さで出すんです。しかもその3デニールの細さの中に空気が入っているんですよ。すごく不思議な糸ですね。現在世界的な学者がいくら研究しても、その太さの中に空気を入れることは出来ないんですね。ナイロンにしてもビニロンにしても、太さだけなら1デニールで作れるんですが。それがこの絹糸の不思議さですね。人間の能力では作ることが出来ない糸なんですよ。

―― 空気が入っているというのはどういう状態なんでしょうか?

簡単に言うと水が凍ると雪になりますね。あれと同じ現象の糸なんですね。それがずっとすごく丈夫な状態でつながっているわけです。これを撚り合わしたり食わしたりいろいろ研究してやってみると、いろんな種類の糸が際限無く出来るんですよ。それで織るといろんな風合いが生地に出るんです。これが絹糸の魅力なんですが、私もそこに取り付かれましてね(笑)。その風合いは絹じゃなければ出せません。

自分が欲しい風合を作り出すのに太さとか撚りをこう組んでいったらこういうものが出来る、ということは長年やった経験で分かりますから、それで織っていくわけです。その中でいいものだけを残しながらやってきたんです。



放り出されるかご馳走か、厳しい目にあった頃

―― 修行時代はどんなふうに過ごしていらっしゃったんですか?

修行時代は戦後の作れば売れる時代でしたが、私たちが作っていたのは銀座・新橋、新宿や池袋の芸者のお姐さんたちや上流家庭の方が着る普段着用のものです。つまりちゃらちゃらしたものじゃなくて、絣(かすり)なんかのごく素朴な感じの色彩と柄風で、ただ、地風にはとてもうるさいんです。地風っていうのは肌に着けたときの風合いのことです。それを作って直接専門店に売り込むんですが、それが修行です。

銀座に呉盟会という専門店の協同組合があって、その会長で「ちた和」という呉服屋の比留間さんっていう人がいましてね。もともと丁稚奉公から成功した人ですが、変なものを作っていくと、原料がもったいない、なんて言って放り出しちゃう。そういう厳しいことがずいぶんありましたね。ところがいいものを作っていくと、新橋とかに連れて行ってくれてすごくご馳走してくれるんです(笑)。それが今考えてみると修行でしたね。

―― こういうものは駄目なんだ、というのを身を持って知らされたわけですね。

染めた絹糸が中庭で干されている

ええ、身を持ってどころか、本当に損得に関わることでしたからね(笑)。それは厳しかったですよ。でも自分で好んでそういう世界に入って行ったわけですけれどね。ただ誰かそういう人がいなかったらなかなか修行にはならなかったでしょうね。


永続性のある良いものを作り続ける

―― 本当にわが道を行くというか納得行くものを作ることをずっとやって来られたんですね。

機械で織られている様子

そうですね。世の中っていうのは正直なもので、お客さんの、消費者のためになる良いものを作ると仕事に永続性が出てくるんです。ところがいい加減なものだと、一時すごく儲かることはありますが、そのうち消えてしまう。それはどんな商売でも共通して言えますね。見掛けが良ければいんちきなものでも一時は売れますよ。でも必ず、長続きしません。一般の人の気持ちは正直なものですよ、一度懲りたら絶対買いませんから。いいものは何回も買うけれど悪いものはもう二度と買いません。言い方は悪いかもしれないけれど、それは八王子織物が作れば売れた頃の機屋さんにも当てはまるところがあると思います。八王子織物は一時期は飛ぶ鳥を落とす勢いだったんですが、それがぴたっと止まってしまった。それは怖いほどだし、その変遷っていうのは本当に厳しいものですね。

―― 澤井織物工場は今の姿勢を貫いている限りご心配は無いわけですね。

永続性に関してはそうですね。しかしその分、とても骨が折れます(笑)。手間をかけて正直なものを作るのは利益も少ないです。ただし、うちでもずっと同じことをやっているわけでもないんです。もう着尺はほとんど作っていませんしね。今はマフラーとかショールといった雑貨的なものが多いです。でも基本的にいんちきじゃないものを作らなければだめだ、という姿勢は変えないっていうことですね。それは、儲かるものはいろいろありますよ。でも下手にそれをやったら生命を絶ちますよ、ということなんです。

―― 最近、お孫さんが跡を継がれたそうですね。手をかけてやっていくというのは技術的にも時間がかかる仕事ですが、そういうことをやっていく若い世代も着実に育っているんでしょうか。

ええ、いますね。そのほとんどが大学を出た人ばかりです。昔は小学校とか中学校を出て入ってきたものですけれど(笑)。ここへも遠くから車で通ってきていますよ。面白いものだね、やっぱり今の時代でもどうしてもそういうものがやりたいという人、それでないと納得行かない人がいるんだね(笑)。


―― 本日はどうも有難うございました。 <了>