顔八王子中屋ボクシングジム 会長 中屋 廣隆さん インタビュー

第2話「八王子のボクサー」を送り出す

中屋会長

地元に根付いたジムで

――ボクシングジムは地元密着のイメージがすごく強いんですが、実際はいかがでしょうか?

やっぱり練習に来るのはほとんど八王子市内からです。時々電車で通ってくる人もいますが、あまり多摩川を越えて来る人はいないし、橋本や町田にもジムがありますから、そちらからわざわざ来るという人もいないですね。

ですからフランチャイズみたいな感じは強いですよ。仕事後や学校後に練習に来るわけですから遠くから通えないですし。ですから完全に八王子中屋ジムから八王子のボクサーを送り出していくという形ですね。

小学生から大学生、社会人とどの世代も練習に来ています。みんなそれぞれがんばっています。現在、小学生は3人来ていますが、彼らが一所懸命に取り組んでいるから、私が親から感謝されています(笑)。小・中と不登校だったけれどボクシングのおかげで推薦を貰って高校に進学させてもらえた子もいますし。そういう子は表には出ていないけれど大勢いますから、絶対、地域のためになっている、と思っています。

そういう意味ではボクシングジムは地元密着と言えるでしょうね。ボクシングの場合は敷居が低いというか、どこの地域でもジムがあって、小学生からシニアまで誰でもいつでも始められるのがボクシングのいいところだと思います。




吊るされたヘッドギア





  サンドバックを打つ

全てをボクシングに捧げるプロの生活

―― 一方でプロボクサーは基本的にどんな生活をしているんですか?

スパーリングの指導

プロボクサーと言っても、ボクシングだけで食べていけるのは世界チャンピオンぐらいです。昼はみんなと同じように働いて、夜みんなが仕事を終えて遊んだりしている時間に練習して、朝はみんながまだ寝ている間に1時間早く起きてランニング、という生活です。だからボクシング以外のことは何もやれないですね。ボクサーの生活はよく修行僧に例えられますが、これは実はアーティストとしての生活と同じなんです。

例えば彫刻家も生活のために働かなくちゃいけない。普通、1日は24時間ですが、芸術家は24時以降だ、って言いますよね。ボクサーも同じです。食べていくためにはまず仕事をしなくちゃいけない。普通、仕事後の時間は余暇ですが、ボクサーはそこからが自分の時間で、ジムワークやロードワークをやる。この環境を作れることが成功の第一歩なんですね。みんなそれをやりたいけれど出来なくてボクシングを断念していく人がほとんどです。

僕は美術をやっていたからすごく分かるんですけれど、本当に似てるんですよね。さらにその中で成功する人しない人が淘汰されて、そうじゃないとアーティストだらけになっちゃいますから、そういう非常に厳しい現実があって、メジャーになれるのはそこに残ったごく一部の人だけなんです。


―― 敷居は低いけれど実際にプロとしてやっていくとなるとセルフコントロールや状況を作ることを要求されるわけですね。

ええ、相当強い意志を持ってやっていかないと、その環境を維持するのは難しいですね。もう一つはラッキーさ、ですね、環境に恵まれるというか。結局、自分一人では強くなれない世界です。分かりやすく言えば、漫画の『あしたのジョー』だって丹下段平と知り合って、さらにマンモス西というパートナーがいたからこそであって、決してジョー一人で強くなったわけじゃないですよね。そういうことがやればやるほど分かってくる。それは人間としての成長だと思います。一所懸命やるほど、本当にみんながいて成り立っている、という人間社会が学べると思うんです。



小学生からチャンピオンまで、同じ時と場所で

小学生がスパーリングを見守る

こんな小さなジムでも小学生から50いくつの人まで同じ空間で同じ時間帯にやっていて、そこに女性もいれば主婦もいる、もちろんプロも一緒で、今はチャンピオンがいないけれど、この間まではチャンピオンも一緒にやっていました。ある意味で世間の縮図のような環境ですよね。

その中で、チャンピオンはもちろん、子供たちも女性たちも他の練習生たちも自分の目標をきっちり持ってやっている。たまたま同じ場所にいるけれど、みんな自分のバリアの中でそれぞれの課題に取り組んでいる。こういう環境だからこそ学び合えていいんじゃないかな、と思っています。

また、こうやって小学生の頃から上の人たちの練習を見るメリットというのはとても大きいですね。そうするとその後の飲み込みの速さが全く違います。上の人たちのやっていることを見て、それを自分に合うように自然と試したりするようになるんです。そこはやっぱり個人なんですよね。教えられることが全てではなくて、そこから先は自分一人でやらなければいけない世界ですね。そういうところも芸術の世界と似ていると思います。


誰でもボクサーになれる、しかし…。

――ホームページに「誰だってボクサーになれる」と書かれていました。この“ボクサー”の意味をうかがいたかったんです。

この質問、有難うございます。実はこの言葉には含みがあるんですよね。それに気づいていただいて嬉しいです (笑)。本当は「誰でもボクサーになれる、けれど真のボクサーには誰もがなれるわけじゃない」ということですが、後の言葉は敢えて隠しているんです。要するに間口は広いけれど、真のボクサー、世界チャンピオンとは言わないけれど、本当の意味でのプロボクサーになるのは大変だよ、っていうことですよね。

ボクシングは誰にでも出来るんです。サンデーボクサーもいれば女性ボクサーもいれば、ちびっ子ボクサーもいます。でもチャンピオンもここのジムにはいました。この間のどこに自分は行こうとするのか。そういう意味合いで付けた「誰だってボクサーになれる」というキャッチコピーなんですね。

――なるほど。そういう意味では、よく最近の若者は根性が無いなどと言われます。約25年ボクシングに関わってこられて、その辺はいかがですか?

いや、変わらないですよ。全然変わらないと思います。うちはジム創設から5年目で東洋チャンピオン、6年目で日本チャンピオン2人と新人王を何人も、と短期間で輩出しましたから、きっと八王子ってボクシングに向いている怖い人がたくさんいる怖い街なんだ、なんて見当違いなことを言われたことがありましたが(笑)、全然関係無いですよ。練馬でやっている時も向いている子向いていない子が同じ割合でいましたし、同じように選手を作りました。それはやっぱり日本人としての勤勉なDNAですよ。それと、若い人の純粋さは変わらないですね。