顔荒井呉服店 荒井芳枝さん インタビュー 「揺りカゴを動かす手」で、八王子をより良くしたい

第3話教育と職業を自分の滋養に

商売で人間の肥やしを貰った

――今までのお話で「教育」を非常に重視されているなと感じますが。

現在の荒井呉服店

美しい反物の在庫が豊富に

私が生きる術を身に着けられたのは教育と、もう一つは職業ですね。「職についたらその道によって賢し」って言いますでしょう。だからうちで働く人にもただ物を売ってお金を取るだけじゃなくて、商売を通じて自分の血になり肉になるものを身に付けて欲しいんです。この商売に就いたのも縁あってのことだから、自分の売っているものはどういう経路で商品になったのかを勉強しながら、お客様とのやり取りをして欲しいんですね。私は本当に有り難いことに、商売で人間の肥やしを貰ったと思っています。

うちでは入社したらまず呼び込みからやってもらうんです。それがその人自身の勉強にもなるんですね。小さいことや物から納得しながら進めて、次は自分からここの売り子をさせてください、っていうような人だったら頼もしいですけれどね。

私は呉服屋に生まれてそこを継いでいかなければならかったですから、それが私の運命だと思って、死ぬまで一所懸命働こうと思ってきました。今はものが行き渡って、衣料はなかなか売れません。それをどうやっていくか、っていうのはこれからの課題ですね。


一対一で向かい合う教育

――松任谷由実さんのお母様でいらっしゃるのは有名ですが、ご自身がこういう教育をなさった、ということがありますか?

子供たちには教育だけはちゃんと受けさせた、という思いがありますから、あとは子供を信頼して、基本的には本人たちがやりたいようにさせていました。私が束縛されるのが大嫌いなものだから(笑)。ただ、何か叱るときには一対一でね、納得するまで膝を突き合わせてやりました。由実とは、もう手にナイフを握って、私の言うことが間違っているか、正しいか、私が間違っていたらこのナイフを自分に刺す、と言って徹底的に討論しました。

でも成人して結婚したらその後はその人たちの「城」のことですから、一切干渉しないんです。ただ、客観的に見ておかしいな、と思うことがあればちょっと呼んで、時間を作って討論しましょう、っていうことはやりましたね。


それは社員に対してもそうだったですよ。私も自宅がすぐ近くでしたから、夜中の1時でも2時でも呼ばれました (笑)。こっちは夜中で眠いんだけれど、すごく納得のいくことを言われるわけですよ。だから聞かざるを得ないんだね。今になるととても有り難いですよね。それがあったから他所に出ても困らない。たぶん由実ちゃんもそうだったと思うな(笑)。

橋本常務
店内2階の様子

由実がまだ多摩美の学生の頃だと思いますが、夜中に家を抜け出してレコード会社に行ったことがあるんですよ。お手伝いさんがそれを見つけて(笑)、私は後で聞いたんです。問いただしたらちゃんと経緯を説明して、それを聞くと、その間のことは学校で教わらないことを身に着けて、あの子の血となり肉となっているんだ、と感じたんですね。それならいい、と。そういうときには私は怒らないんです。絶対これだけは踏み外してはいけない、というときにはうんと怒りましたけれど、でもどの子にもほとんど小言はいいませんでしたね。

由実はある意味で不良だったかもしれないけれど、でもいい方の不良でしたね。親を納得させて、上手いこと自分を成長させた。本当に自分の力でやって来ましたからね。人様に迷惑をかけることだけはしてもらっちゃ困るけど、本人が責任を持ってすることなら親はちゃんと受け止めてあげないとね。

でも、私は店で由実の話はこれぽっちもしないし、店のみんなにもあまりさせてないんです。お客さんから松任谷由実さんのお母さんですかって聞かれても「まあそんなもんです」って言ってます(笑)。常務はよく宣伝してくれていますけれど(笑)。

この頃は私が一人で話をしてます(笑)。むかし、日曜日によく米軍の将校さんが車3台くらい店の前に止めて来ていたんです。当時お店に生地を切る台があって、まだ幼稚園の由実ちゃんがその上にポンと乗ってね、「東京ブギウギ」を歌ったら彼らがお金をくれたんですよ。それで覚えて、お店を見ていて外人さんが来ると飛んでくるわけ(笑)。その時からステージに上がる喜びがあったんでしょうね。

八王子の町にもずいぶん協力してくれていますよ。例えば八王子教育委員会から、小学生の誘拐事件などが多いから、由実ちゃんの「守ってあげたい」っていう曲のメロディを是非市内に流したいって言われましてね。賛成してレコード会社に頼んであげてくれない?って電話したらすぐOKが出たんです。午後1時半に全市で流れています。本当なら版権で相当のものを払う必要があるでしょうが、全部無料でやってくれました。

昭和41年の店頭風景

夢美術館が出来たときにも展示したいからと紹介を頼まれたけれど、由実ちゃんからは、それは前のものを出すことになる、私は過去は振り返らない、まっすぐ前を向いて行くだけだ、って断られたんですよ。そういう性格に育てられたんですよ、お母さんから受けたのがそういう教育だから(笑)。私ら社員もみんなそうですけれど(笑)。

橋本常務

大人になったら子供は子供、親は親でしょう。嫁に行ったらそこの家のものですし、あの子が自分の考えでやってることだからね。

若い世代のことを思って

私はもう88で、老兵は去るのみですからもう何かを語る資格は無いけれど、一つ思うのは、昔は「苦労は買ってでもしろ」って言われて、私たちから少し下の人たちまでは戦争を経験して、子供を守るためには自分の身体も大事だから、ヒエを食べてもなんとかやって来ましたし、戦後にはこれから日本が良くなるという夢がありました。

でも、これは私の考えですが、今、本当にものが行き渡って何でもありますけど、欠けているものがあるとすれば精神的なものでしょうかね。ちょっと夢が無くなったような気がします。もちろん戦争なんか無いほうがいいけれど、そういう苦労というか経験はこれからの日本人にはなかなか望めないでしょう。そういう中で若い人たちがこれからどういうふうにやっていくのかな、とは考えますね。

今の状態を変えるには男性にも素晴らしくヒューマニスティックな人になってもらわないとね(笑)。それから、もっと八王子から表舞台で活躍する女性が出てきて欲しいですね。私も、これからこの年で何か役に立つことがあればやっていきたい、という気持ちはあるんです。体がなかなか付いてこないんだけれど(笑)。学生の頃に先生に“Do your best, your very best”「最善を尽くせ、なお最善を尽くせ」って言われたことが今でも残っているんですね。

荒井 芳枝 さん

――興味深いお話をどうも有難うございました。(了)